スキルアップコラム

ITサービスマネジメントの構築におけるITILの効果的な活用
東京海上日動システムズ株式会社様

システム運用をユーザーに提供する「ITサービス」としてとらえ、一定のルールに沿って運営(マネジメント)し、高品質に維持・提供するという考え方がITサービスマネジメントです。その仕組みの構築にあたっては、多くの企業がITILというフレームワークを採用しています。
しかしITILはただ採用すればよいというものではなく、それぞれの企業・組織に合わせて適切に活用しなくてはそのメリットを享受できません。今回は、2000年からITサービスマネジメントの構築に取り組み、ITILを活用して運用品質の向上および効率化を実現した東京海上日動システムズ ITサービス本部 ITサービス管理部 担当部長/itSMF Japan 理事 平川 歩氏にこれまでの取り組みについてお話を伺いました。

掲載日:2016年8月1日

ITサービスマネジメント構築のきっかけとなった苦い経験

ITサービスマネジメント構築の経緯を教えてください。

東京海上日動システムズ株式会社
ITサービス本部 ITサービス管理部
担当部長
itSMF Japan 理事
平川 歩 氏

平川:弊社は1983年に設立し、主に親会社である東京海上日動火災保険株式会社およびその関連会社のシステムの受託開発と運用を行っています。オープン系システムが増加した2000年頃のことになりますが、運用管理の手法が十分に整備されていなかったことで品質の悪化が顕在化し、システムトラブルが毎日のように起こっていました。ユーザーからはクレームが寄せられ、運用部門は会議室で寝泊まりするような状況が続いており、信頼回復が喫緊の課題でした。

そこで、そもそもトラブルが起こらないようにしようという「トラブル削減」というテーマを掲げ、システムに今何が起こっているかという分析を始めました。いわゆる「インシデント管理」から取り組んだわけです。これをきっかけとしてITサービスマネジメントの構築を図っていくことになります。

当初からITILの活用を検討されていたのでしょうか。

平川:当初はまだITILを取り入れるという発想はありませんでした。自己流ではあるもののインシデント管理自体は一定の効果があり、トラブルの発生頻度は改善していました。しかし、結果だけでは私たちが正しいことをしているという根拠が弱いですし、自己流の運用ではいずれ限界がくることもわかっていました。そこで他の会社・組織はどういうことをしているのだろうと外に目を向けたときにITILのことを知りました。そこでこれをベンチマークとして自社の運用を確認してみようというところから、ITILとの関係が始まりました。

その段階でITILに精通した人材が社内に在席されていたのでしょうか。

平川:いえ、いませんでした。ですので、最初はコンサルタントの方を招いて、それこそ手取り足取り教えていただき、ITILというフレームワークを基礎から学習しました。そして、まずはITサービスマネジメントを構築していく中で常にITILを横に置いて、自分達のプロセスの中身と網羅性を確認するための物差しとする方針を採用しました。

説明責任を果たすためのコンテンツとしてITILを活用

ITILは準拠を目的とするのではなく、企業・組織の実情に合わせて活用するものと言われますが、貴社ではITILをどのような形でITサービスマネジメントに取り入れたのでしょうか。

平川:弊社では経営層からのトップダウンでITILを取り入れることになったのですが、当初からITILへの準拠を目指すという指示はありませんでした。まず私たちがITILを理解していく中で決めたのは「やらないことも明確にする」ということでした。ITILという基準に対して自社は何をやっていて、何をやっていないのかをしっかりと認識した上で、運用品質を高めるためにやらなければいけないこと、もしくはやめてもいいことを、それぞれのプロセスに対して運用部門のトップを含めて一つ一つ丁寧に論議し、取捨選択していきました。準拠を目指すための取り組みではありませんでしたが、結果的にITILの多くのプロセスを網羅することになりました。

[東京海上日動システムズのITSMプロセス全容]

自社の運用品質の改善に何が必要かを論議し、各プロセスを取捨選択。結果的にITILの多くのプロセスを網羅している。

EXIN資格プログラム ポートフォリオ

取り組みの結果どのような効果がありましたか。

平川:まずコミュニケーションが円滑になりました。これまでは運用部門内においても、やはり経験や年齢によるギャップがあったため、システムの改善理由を説明するのに時間を要する場合がありました。また、開発部門と運用部門の間ではそもそも開発は上流、運用は下流(下支え)というような、パワーバランスによるギャップが大きかったですね。それがITILといういわば共通言語ができたことで、ITILに沿って検討すると、この改善が必要という結論にお互いが辿り着くことができるようになりました。

また、これまでは手順通りにミスなくやるのがプロであるという考えが支配的で、それ自体は間違っていないのですが、自分がなぜここを担当しているのか、自分がミスをすると全体にどのように影響するのかといった視点が十分ではありませんでした。しかし、ITサービスマネジメントを体系立てて学習することで、それぞれが自身の業務のポジションや重要性を再認識し、マネジメント全体を意識できるようになったことも大きな効果だと思います。

そして、最も大きな効果だと考えているのが、システムやITサービスの数が年を追うごとに大幅に増加する中で、管理部門の人数は大きく増えていないということですね。なぜなら、強固なフレームワークを構築し、その中に新しいサービスをどのように取りこんでいくかを考えていけば、運用の負荷というのは大きく変わらないからです。もちろん業務の標準化や社員の教育も要因の一つですが、フレームワークを活用することによって運用部門のコストを抑制することができたことは大きなメリットですね。

それほどの効果を達成するには、個人レベルでの意識改革も重要な要因だと思いますが、
貴社ではどのように実現したのでしょうか。

平川:弊社では経営層が現状に対して強い危機感を持っており、「ITサービスマネジメントを構築し自分たちの説明責任を果たす」という明確な目的がありました。説明責任を果たすには私たち自身が何を基準として考え、選択しているのかを証明する必要があります。そのための“How”としてITILをしっかりと学習し、その考えを語れるようになれ、ということを強く言われましたね。当然、人によっては強いメッセージに対して抵抗を感じる場合もあります。しかし取り組みを続けながら、トラブル件数を測定し、壁にそのグラフを張って確認していると、明らかに業務が改善され、運用部門の負担が減っているということを実感するのですね。そういった目に見える効果が出てくるとITILは運用部門としてなくてはならないコンテンツであるという認識が生まれ、個人レベルでの意識も変化していき、ますます効果が表れるという良い循環が生まれてきました。

[東京海上日動システムズのサービス規模とトラブル件数の推移]

ITサービスマネジメントの構築を開始した2000年以降、トラブル件数が大幅に減少。強固なフレームワークの構築によって、サービス規模の拡大に影響されない安定した運用を実現している。

EXIN資格プログラム ポートフォリオ

社員の専門性を高めるためのITIL資格取得

物差しとしてのITILの活用以外で、プロセスの改善に効果的だった取り組みはありましたか。

平川:弊社は2006年にISO/IEC20000認証を取得したのですが、これがもう一つの私たちの基軸となっていました。ISO/IEC20000はITILをベースに作られた国際規格ですが、認証を取るという目標に向かって活動したことは、私たちのITサービスマネジメントを適切に構築するために非常に有効だったと思います。また、私が所属するITサービス管理部はITサービスマネジメントを統括していますので、部門メンバーがスペシャリティを得るために、ITILファンデーションなどの資格を取得して個人のレベルを底上げしたことも、人材育成およびプロセスの円滑な導入に効果が高かったですね。

毎年ITILファンデーション研修を社内で開催し、資格取得を奨励されているそうですね。

平川:ITサービスマネジメントを効果的に運用するには、トップの決意に加えて社員の知識や専門性が重要です。また弊社は現場での実践と学習(資格取得)は両輪という考えなので、専門性向上の1つの施策として、運用部門スタッフに対してITILファンデーション研修への参加を奨励しており、現在約200名のITILファンデーション資格保持者がいます。また、チームリーダーには今後ITILインターメディエイトへの挑戦を推奨する予定です。

ITILの活用を検討している組織が、ITILファンデーションなどの資格取得から取り組むことは
有効な方法でしょうか。

平川:資格の活用には2つのケースがあって、一つはITサービスマネジメントの導入時、もう一つは現場における運用時だと思います。社内で様々な課題を解決するための取り組みを始める際、やはり専門性(=資格)を保有していることで発言の重みが変わることがありますよね。ですので、これからITサービスマネジメントを立ち上げる会社であれば、先に資格を取得することで専門性を確保し、それをもとに自分たちの会社に適した仕組みを構築する、というアプローチも有効だと思います。実際、私がITILプラクティショナー(IPRC)を取得したのも、問題管理のプロセスを担当するにあたり、プロセスの正当性を社内に証明するためというのが理由でしたから。この挑戦は今でも非常に有効だったと思っています。

ITILは共通認識を持つためのフレームワーク

システム運用に課題を抱える企業が多い中、日本の商習慣との違いなどの理由から、ITILに敷居の高さを感じるケースもあるようです。ITILの適切な活用方法についてアドバイスがあればお願いします。

平川:これだけITサービスマネジメントを構成する要素が複雑になり、利用者の要求も多岐に渡ってくると、何らかの共通認識がないといずれコミュニケーションギャップが発生すると思います。また、開発であれ、運用であれグローバルスタンダートなフレームワークは説明責任を果たす上でも必要です。私たちも自社だけでなく外部委託先業者と協力しながらサービスを提供するケースが増えてきていますが、自社のフレームワークを説明する際はもちろん、日々の運用の中でもITILのフレームワークに照らし合わせることによって非常に円滑なコミュニケーションが実現できています。ITILの重要性はこのような共通認識を持てることだと思います。

ITILに抵抗を感じる理由は様々ですが、最初の一歩としては、自社の運用とITILとの違いを認識するだけでもいいのではないでしょうか。ただ、比較にあたってはコンサルタントでも社員でもよいのですが、専門的な知識を持つ人材を確保することが必要です。さらに一歩進んでITILのマネジメント効果を正しく発揮する秘訣は、トップの強い決意と専門的な知識をもったメンバーがしっかりと中心にいて運用することだと思います。実は私たちもITサービスマネジメントの構築においては多くの失敗事例があります。それでも、ITILで説明責任を果たすという強い決意の元、試行錯誤を繰り返しながら、現在の枠組みを構築してきました。

どのようなシステムやプロセスであっても、運用するのが人である以上、結果的には人材育成に繋がっていきます。ですから、ITILが合うかどうかで判断するより、まず共通認識を持つためにITILを使ってみる、そして適切な人材を育ててみるというのが重要なポイントだと思いますね。
(文中敬称略)

<取材を終えて>
現在、東京海上日動システムズのITサービスマネジメントは成熟期を迎えているが、今後はこの先10年の環境の変化に柔軟に対応できるスタイルを目指して進化させていきたいとのこと。「理想とするITサービスマネジメントはどのようなものですか?」と平川氏に伺ったところ、「ITサービスマネジメントがもっと幅広い意味で共通言語になることです。私自身もITサービスマネジメントを職務とする人間だと認知されたいですし、部門のメンバーにも、自分の子供や家族にITサービスマネジメントの仕事をしていると誇ってもらえるようにしたいですね。」というお答えが印象的でした。ユーザー目線で見ると、システムは動いて当たり前という印象がありますが、「開発半年、運用10年」というキーワードが示すとおり、平川氏をはじめとするITサービスマネジメントのスペシャリストの方々がシステムを支えているということを、改めて認識しました。

 

ITILというフレームワークはあらゆる課題を解決できる魔法の杖ではありませんが、適切に取り入れればどのような組織・企業にも有益であるからこそ、ITサービスマネジメントのグローバルスタンダートと評されるのでしょう。しかしITILを正しく活用するには専門的な知識が不可欠です。そのためにも、まずは基礎であるITILファンデーションに挑戦してはいかがでしょうか。

プロメトリック株式会社

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